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長椅子と本棚2

ダイアリーから移行しました。

口蹄疫関連の伝言ゲームがひどすぎる

今回の口蹄疫問題について強い関心を持ち、大変心配しています。
できるだけ正確かつ客観的な情報が欲しいと考え、全てとは言えませんがネット上の情報を細々と集めてみたりしています。
しかし残念ながら、間違った情報や、主観的な感想が多すぎる。
そしてそれらに埋もれて、本当に正確な情報、比較的客観的な情報にたどりつくのが、大変難しくなっている。
そのことに大きな危惧を感じています。


マスコミからの情報はあまりなく、ネットが主な情報源というのが現状です。
(ただし、「報道規制だ!」などと誤った情報を流している方がたくさんいますが、
 完全な印象論でしかなく有害です、やめてください。)
しかし最新情報をもとめてブログ検索してみると、ヒットするサイトの情報の不正確さに驚愕せざるを得ません。
主張・感想と意見を区別することができていないものばかり。
しかも他人のブログを読み、なんとなく義憤を煽られて転載してしまう人が後を立ちません。
具体的には「これまでの政府の対応が不十分に感じられる」という「感想」を鵜呑みにして、
さも「これまでの政府の対応が不十分である」という「事実」の裏づけが取れたかのように垂れ流すものばかり。
そのを判断するための信頼に足る材料を示したものはほとんどありません。


ちなみにここではソースは問題にしません。それ以前の問題。
ソースというのはある事実を示す情報があって、その情報源がどこか?というときに問題になるものですが、
現在流れている情報は、示したい事実を証明するために必要な情報を提示することすらできていないものがほとんどです。
情報源以前に、そもそも書かれている内容の中に論理の飛躍があり、信頼出来ません。
週刊誌的、ワイドショー的な情報ばかりが流れている、と言ってもよいでしょう。
こうした情報が不正確であることは、少し深呼吸して考えて見るだけで分かります。


緊急事態であることは理解しています。
しかし緊急事態であるからこそ、感情的にならず、もっと論理的に考えてください。
そして、誤った情報、不正確な情報を「拡散」させることはやめてください。


さて、現在ネットに流れている情報が持つ「論理」の構造は、単純化すれば概ね以下のようなものです。


1.現在口蹄疫で大変な被害が出ている
    ↓
2.宮崎の畜産家のみなさんは政府の対応に不満を述べている
    ↓
3.政府の防疫対策は不十分である
    ↓
4.民主党政権がまたかわいそうな被害者を出した。民主党ひどい!


この「論証」の中に、決定的に間違っているところがあります。
それは2から3を導出するところ。
ネット上の情報のほとんどは、この間違いを犯している。


2はそれだけで既に問題含みです。
なぜなら、「『政府の対応が不十分である』という畜産家が『主張』している」という「事実」がある、
という入れ子構造によって、「政府の対応が不十分である」という情報が、
当事者が持った「主張・感想」にすぎないのに、
それが客観的な「事実」であるという見かけを持ってしまうからです。
そしてこの2で引用された「主張」が「事実」としてすりかえられることによって、
3の正当性が主張されている。
しかし2で示されているものが、現地の畜産家のものではあっても「主張」にすぎない以上、
この「主張」に賛同するべきかどうかは、各人が冷静に判断しなければなりません。
畜産家に共感・同情することは悪いことではありません。
しかしその感情に引きずられ、彼らの「主張」を裏づけなしに「事実」として鵜呑みにすることがあってはならない。
この裏づけを行っていないものは、情報源としてほとんど価値がないとすら言えます。
なぜならこの裏づけがなければ、3以下の議論は崩れてしまうのですから。


したがって、「政府の対策が不十分である」という「事実」に対して、
客観的な裏づけが可能なのか?このことが議論されるべきです。
それではこの、「政府の対策が不十分である」ことを示すために必要な情報とは何でしょうか?
それは、「十分な対策とは具体的にどのようなものか」という情報と、
「現在実施されている対策は具体的にどのようなものか」という情報の二つです。
前者に照らして後者が足りない場合が、「対策が不十分である」場合といってよいでしょう。
そして現在、これらの「十分な対策とはどのようなものか」
「現在実施されている対策とはどのようなものか」という二つの情報が、両方とも不足しています。
そして事実を裏づける根拠を成すべきこれらの情報のかわりに「根拠っぽいもの」として、
「現場はまるで戦争のような状態で、当事者の疲労はピークに達している」
というような漠然とした情報ばかりが流れています。
現場が想像を絶する限界状態であることは分かります。その苦労を慮ることも必要です。
しかしこのことは、とられている対策が不十分であることを示すものではありません。
その結果、批判する側は独断的に「不十分」と言い、政府側は「十分」と主張するだけの、
どちらが正しいのかお互いに根拠を示さない水掛け論になってしまっています。
こうした論争は、はっきり言って不毛です。


こうならないためにどのような情報が必要か、具体的にみていきましょう。


防疫対策として必要なことは、おおむね「消毒」と「殺処分」に集約されるようです。
今回は単純化するため、「殺処分」だけに議論を限定して考えてみます。
口蹄疫が発生した場合、病気の拡散を防ぐため、発生農家で飼育している家畜全てを殺さねばなりません。
これは法律で課せられている義務です。
今回、この殺処分が間に合っていないということが多く言われています。


「殺処分」を進めるにあたって、二つのボトルネックがあります。
ひとつは、殺した家畜を埋める場所が足りない、という問題。
もうひとつは、殺処分は獣医師の手で一頭ずつ行わなければならないが、その獣医師が足りない、という問題。
ここではより単純化するため、後者の「獣医師の数」に絞って考えます。


5月10日、東国原知事と赤松農林水産大臣の会談で、
大臣から「国から派遣する獣医師の数を50人から100人に増やす」という案が示されました。
この数は十分なのでしょうか?
正直なところ、「わからない」というのが普通の感覚ではないでしょうか。
しかしもし「政府の対策が不十分である」と主張したいのであれば、
ここが「わからない」では済まされません。
当たり前ですね。「対策が不十分である」と言う主張は、
「獣医師の数」のレベルに落とせば「100では足りない」という主張にならねばなりませんから。
「100人で足りるのか否か」、これを示すための情報が必要となります。


こうした「結局何が必要なのか」と「現在何が成されているか」の情報を、
「埋める場所の確保」「各農場の防疫対策」「幹線道路の消毒ポイントでの対策」
等々のついてひとつひとつ示していかなければ、
「政府の対策が不十分である」ことを主張することはできません。
しかし現状こうした情報がどれだけ流れているか。
全く流れていないとは言いませんが、かなり少ない、というのが実情です。
その結果多くの方が、最初に示した「誤った論証」、すなわち


宮崎の畜産家のみなさんは政府の対応に不満を述べている
    ↓
政府の防疫対策は不十分である


という論証に陥ってしまっている。




たしかに正しい情報を伝えることが大切だ、という意見には賛同しますし、
募金活動の広がり等には「ネットの力」を感じています。
しかしそれと同時に、「風説」としか言えない諸説が「拡散」させられてしまってもいます。


各自冷静な判断のもと、信頼に足る情報を共有してゆきましょう。