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長椅子と本棚2

ダイアリーから移行しました。

ドラクエと高橋みなみ、あるいは北九州予備校:ゲームにおける「プロセス」とは何か(2)

 ドラクエとかけて高橋みなみと解きます。その心は? 答えは、「努力は実る」。この、北九州予備校の生徒をを洗脳し続けてきた言葉が、RPGにおけるプロセスの特殊さを理解するためのキーワードです。

 というわけで、今回は前回の記事(シューティングとじゃんけんの共通点:ゲームにおける「プロセス」とは何か - 長椅子と本棚)の続きのゲーム論です。今回は、前回ほのめかしていましたが、RPGにおけるプロセスの特異さについて。基本的にはこの記事だけ読んでも意味が通るようにしてありますが、前回の記事も合わせて読んでいただけると理解は深まるかと思います。

一般的なゲームにおけるプロセス

 さて、前回、ゲームにおけるプロセスの特徴は、意図したことと実際の結果の間に「ずれ」が生じる状況にある、と書きました。もっと簡単に言うと、(というか、前回はそう書けてなかったけど記事を書いたあとでだんだんこう言えばよかったんじゃないかと思えてきたのが、)目標を設定して、それを容易には達成できないようにしてある、というのが、ゲームにおけるプロセスの大きな特徴です。これを、(これまたもっと拙い構成になってしまったのですが、)意図と結果が重なる普通の意図的行為の場合と対比しつつ説明した、というのが前回の記事の概要でした。

 この説明は、かなりの種類のゲームに当てはまるのではないかと思います。また、どのような仕方で「ずれ」ないし「目標達成の困難さ」を創りだすかという点で、ある程度、ゲームを分類できるように思います(先取り的に言えば、いわゆる「運要素」と「実力要素」みたいな感じのものが出てきます)。ただし、もちろんここで全てのゲームを網羅するなんてことは私の手には負えませんので、私が思いつく限りで、つまりあまりマニアックなところに踏み込まない限りで、けっこういい線いってるんじゃないの、ということが示せればよしとします。

 まず、最も単純に「ずれ」を作り出すやり方として、運が挙げられるでしょう。これを利用するのが、くじの類です。宝くじやあみだくじなど、純然たる運によって決まると言えるでしょう。あと、ルーレットとかもそうかな。ソシャゲのガチャなんかもこれにかなり近いのではないでしょうか(やったことないので断定的なことは言えません、すみません)。

 ただし、競馬とかサッカーくじみたいなものは、これとは似て非なるものであるように思います。純然たる運ではなく、データから予測するという要素が入ってくるので。これを「不確定な未来の予測」による「ずれ」と呼んでおきましょう。台の選び方が重要になってくるパチンコやスロット、メダルゲームの類なんかは、運とデータの要素を組み合わせて成り立っていると言えるでしょう。

 次に挙げたいのは、技術を要することによる「ずれ」です。これの最も単純な例はダーツでしょうか。もちろん空気の微妙な流れなどの運要素はあるのだと思いますが、大部分を実力によってコントロールすることが可能です。何歳にまで通じるのかわかりませんが、ストラックアウトなんかもこれの延長線上にありますね。TVゲームでこれをやろうとしたのが、当然ながらシューティングゲームです。また、前回書きましたが、アクションゲームもこれをアレンジしたところに成り立っているように思います。また、この型で時間のスパンを長くしていけば、シミュレーションゲームも説明できそうです。数時間とか、それ以上のスパンの中で、どの行動にどれだけのリソースを割り振るか、という、その技術によって目標達成の正否が決まるわけです。

 次に、相手がいることによる「ずれ」があるでしょう。これは不確定な未来の予測、と重なるところもあるかもしれませんが、とりあえず分けておきます。この最も単純な例はじゃんけんです。相手が何を出すか予測するけれど、それがわからないから、勝てるとは限らない。いわゆる「メタ」が存在するゲームはこれになります。

 次で最後にしましょう。謎解きによる「ずれ」です。ゼルダなんかで遭遇するような、崖の上に上がりたいんだけど、どうやって登ればいいのかわからない、という状況。逆転裁判で、証言のムジュンをつきたいけれど、どれを使えばよいのかからない。こういう場合に目標達成のために要求されているものは、技術や運とは違いそうです。そうではなくて、手段を探したり、機転を利かせたりすることが求められていると言えるでしょう。

 これらの要素の組み合わせで、かなりの種類のゲームが説明できるように思います。たとえば、麻雀なんかは運と対人要素、さらに確率とかを瞬時に考えるスキルの組み合わせで説明できそうな気がします。また、実際のアクションゲームなどはそれほど単純に技術だけでどうにかなるものではなく、謎解き的な要素(どの足場を使えばいいかとか)が入ってくることが多いのではないでしょうか。

RPGの特異性=「努力は実る」というファンタジー

 さてさて、長くなってしまいましたが、ここまでは前回の確認、話のマクラです。ここからはいよいよ今日の本題、RPGの話をしてみたいと思います。RPG、特に単純な初期のドラクエのような例を考えてみたいのですが、このようなRPGには、これまでの話ではどうしても説明できない要素が入っています。それは、レベル上げ、育成という要素です。

 そもそも、単純なRPGでやっていることというのは、だいたい四つくらいの要素に分けられるのではないかと思います。

  1. 未知の敵への対処。
  2. ダンジョンなどでの謎解きや迷路解き。
  3. 王様からの頼まれごとなどの、いわゆる「おつかい」。
  4. レベル上げや装備の購入等によるキャラクターの強化・育成。

 これらのうち、(1)と(2)はこれまでの説明が当てはまりそうです。敵が強ければ、どうすれば勝てるのかという「謎」が生じますし、回復や補助魔法のタイミングなどは技術のバリエーションとも言えるでしょう。また、タンジョンでの謎解きはその名の通り謎解きです。

 しかし、(3)と(4)はどうでしょうか。おつかいの場合、途中にダンジョンがあったりして謎解きが紛れ込む場合はあるにせよ、基本的にやることは決まっています。また、レベル上げにおいて、敵に負けそうになって戦略をめぐらせることはあまりないでしょう。というか、そのような場合はレベルに相応しないフィールドで育成しようとしているということになってしまいそうです。つまり、これらの場合には、ゲームにおけるプロセスの共通点だった「ずれ」ないし「目標達成の困難さ」が存在しないのです。おつかいは言われたとおりにやれば必ずできるし、レベル上げは「こうげき」を選択する作業の繰り返しです。でもなぜか楽しくなってしまう。余談ですが、私は初めて無印のドラクエやったとき、マイラの村でおおさそりを相手に3000ゴールド稼いではがねのよろいを買いました。さすがにつらかったけどなぜか楽しかった。これはどういうことなのでしょうか?

 ここで、タイトルに挙げた、高橋みなみさんの有名な言葉が響いてきます。「努力は必ず報われる」。なぜ彼女のこの言葉は耳目を集めたのでしょうか? それは、私は、この言葉が、「ファンタジー」だからだと思います。考えてみるまでもなく、努力なんて滅多に報われません。特に芸能界、アイドル稼業なんて、いくら努力しても報われない人たちが掃いて捨てるほどいるであろうことは、容易に想像出来ます。芸能界じゃなくても、まあきっとみなさん経験もあるでしょうし、具体例はたくさんはいらないですよね。そしてアイドルという存在は、一方でそんな現実の厳しさを象徴する存在であるにもかかわらず、他方で、それは全て裏に隠して、現実とは違うファンタジーを見せなければならない存在でもあります。「努力は必ず報われる」という言葉がAKBメンバーから発せられ、一定の支持を得たのは、それがファンタジーだからです。

  レベル上げにも、これと同様のことが言えるように思います。レベル上げにおいては、割いた努力は必ず報われます。経験値を稼いでいけば、必ずレベルは上がります。これは、現実においては異常なこと、みんなが望むファンタジーなのではないでしょうか。

 ここで立ち止まってみると、RPG、というか、育成という要素は、ゲームにおいて非常に逆説的な役割を持っているように思います。そもそもこれまでの話では、ゲームというのは、日常的な行為とは違って、目標を達成するのが困難な状況を作り出し、これによって楽しさを作り出すものだ、ということになっていました。しかし、育成においては事情が全く逆です。日常生活において、スパンが長くなればなるほど、また目標が大きくなればなるほど、例えば、人生や国家、人類みたいなスケールになってくると、目標を達成するのは困難になり、かつ、達成できるかは不確定になります。しかしRPGにおいては、一見困難な目標が、必ず達成できるようになっているのです。つまり、シューティングのようなゲームとRPGでは、現実のあり方とゲームのあり方が逆になっています。

 ここに、前回、RPGにはちょっと違う要素が入ってくると書いた理由があります。通常ゲームにおいては、「ずれ」を作り出すことが本質になっています。しかし、RPGでは全く逆に、「ずれ」が生じないように、結果がぴったり意図したとおりになるようにする、ということに本質があるのです。

追記:短い補足の記事を書きました。