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長椅子と本棚2

ダイアリーから移行しました。

教員駆け込み退職問題の悲劇性

 今回は、教員の駆け込み退職問題について。この問題に関して、国論が二分されています。これほどの議論になるのは、この問題が、人間にとって普遍的な悲劇の構造を備えているからであるように思います。それは、ソフォクレスが『アンティゴネー』で描いた、板挟みの悲劇です。

 『アンディコネー』の主な登場人物は、古代ギリシャのポリス、テーバイの王族アンティゴネー、そしてその叔父で王のクレオン。アンティゴネーの兄、ポリュネイケスは王位争いに負け、国賊として死んだ、そこから物語は始まります。王であるクレオンは、国の秩序を保つため、国賊ポリュネイケスの埋葬を行なってはならないとの布告を出します。しかしアンティゴネーは兄への愛から、また宗教上の理由から埋葬を求めます。しかしアンティゴネーの願いは却下された挙句、幽閉され、自殺に追い込まれます。

 この『アンティゴネー』は、悲劇のひとつの基本形をなしています。それは、「二つの行動規範の板挟みになる」という悲劇です。アンティゴネーの苦悩は、一方では王族として、王の命令を守り国を維持するという行動規範に、他方では、親族を埋葬するという愛と宗教からくる行動規範に従わねばならない、というところから来ていたからです。

 さて、今回の教員の離職問題でも、教員はこの型の悲劇の中に置かれているように思います。約40年務め上げた教員生活の最後の担任、最後まで受け持ちたいと考えるのは当然の人情でしょう。しかし他方で、50万は決して少なくない金額です。これを不意にすれば、長い老後のどこかで親族に迷惑をかけなければならなくなるやもしれません。医療費、孫のこと、不安要素はいくらでもあるでしょう。教員たちは一方では生徒と学校に、他方では家族に、引き裂かれ、苦悩したはずです。

 『アンティゴネー』では、アンティゴネーの後を追って、その許嫁で王クレオンの息子であったハイモンが自殺、その報を受けて、クレオンの妃エウリュディケーも死んでしまいます。クレオンは妃の死に打ちひしがれ、次のように心情を吐露することになります。

ああ、何ということ、この咎は、けして、
他のどんな人間にも着せることはできまい、
けして、私以外には。
私が、つまりは、そなた〔王妃エウリュディケー〕を殺した、なんと罪深い私が、まったくそれが真実だ。
ソポクレースアンティゴネー』、呉茂一訳、岩波文庫、p. 88)

 さて、今回の問題でクレオンにあたるのは行政と地方議会ですが、結末はどうなりますでしょうか。



アンティゴネー (岩波文庫)

アンティゴネー (岩波文庫)