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長椅子と本棚2

ダイアリーから移行しました。

実名報道とメディアの権力性

 きのう書いた実名報度についての記事に、鋭いコメントをいただきました。

RAs 2013/01/25 06:36 はじめまして。
実名を公表する事に公益性・公共性があるから公表(報道)するのだとした場合、そこには当事者や遺族の意向とは無関係にそれを行うことになります。つまり、実名報道は権力性を帯びるわけです。そこで、そもそもマスコミにその権力は与えられているのか?いるとすれば権力の暴走を抑止するシステムは存在するのか?という疑問が浮上します。
しばしばマスコミは自らを報道“機関”と称しますが、彼らは選挙で選ばれたわけでもなく、国や自治体により設立されたわけでもありません。報道“機関”という自称には、公的機関であるように錯覚させる意図がある欺瞞が潜むと思います。私個人は報道“企業”と呼ぶべきと考えています。
民間企業に過ぎないマスコミが行う実名報道と、個人が2ちゃんねる等に個人情報を流す行為に、何らかの本質的な違いはあるのでしょうか?

 メディアの権力性。取材方法の問題と切り離したときに残る実名報道の問題がそこに帰着するというのは、おっしゃる通りです。きのうの記事を書いた時点でははっきりと見えていなかったのですが、私の中ですっきり繋がりました。ありがとうございます。

 さて、たしかに、メディアはいち私企業であるにもかかわらず、権力性を帯びており、今回の問題ではそれが顕在化している。この点には同意いたします。しかし、いち私企業であるメディアが権力性を帯びているということは、それ自体として問題視されるべきことなのでしょうか? 私は、そうは思いません。むしろ、「私」の側にありながら権力性を帯びており、それゆえ公権力に対抗しうる存在であるということ、そこにこそマスコミの存在意義、公益性があるのではないかという気がします。

 それから、コメントの後半、マスコミの情報と故人が2ちゃんねるに流す情報の違いについてですが、基本的に違いはないのではないかと思います。この意味で、インターネットはマスコミよりさらに多くの私人に利用しやすい権力であるということは、「ジャスミン革命」なんかを考えれば明らかでしょう。

 ただ、マスコミと2ちゃんねるはその点で同じでも、亡くなった方の実名と、生きている人の個人情報の扱いは全く違います。前者は故人や遺族の人権の範囲がどこまで及ぶかという議論の余地のある要素を含んでいる一方で、後者は議論の余地なくその人の人権、プライバシー権の侵害にあたります。指摘されている違いは、むしろこの違いに求められるのではないかと思います。