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長椅子と本棚2

ダイアリーから移行しました。

あなたは「児童ポルノ禁止法」のどこに賛成/反対ですか?

児童ポルノ禁止法、どうなるのかわからない状態が続いておりますね。私は、こんなところにものを書いて遊んだりしている人間ですので、「表現者」なんて偉そうな肩書きは名乗りませんけれども、行方を不安をもって見守っている一人です。

ということで、私は原則として反対の立場なのですが、ネット上には、とにかく反対する理由になりそうな事例を何でも取ってきて批判する、という構成の記事が散見されるように思います。たとえば、「海外では孫の水浴び写真で逮捕された」「しずかちゃんの入浴シーンが入っているドラえもんを持っていたら逮捕される」「20年前の写真集でも自宅で燃やすしかなくなる」「ジャニーズの写真集を買うと逮捕される」等々。これら3つは、アウトになる理由がそれぞれ違うのですが、これらの違いをきちんと説明せずに、「ほらヤバいだろ!」と叫んでいる反対派の姿を、ネットでよく目にします。しかし、これらを並列してしまうと、争点がどこにあるのか、かえって見えにくくなってしまいます。

そこで、以下では、これらの違いを切り口にしながら、どれがどの理由で規制されるのか、どこまでの規制は受け入れられるのか、どこからは行き過ぎなのか、一旦整理しなおしてみたいと思います。読みながら、それぞれに賛成・反対を考えていただけたらとてもうれしいです。なお、議論に入る前に、一応現行法と改正案の全文へのリンクを貼っておきます。

典型的な児童ポルノの製造・販売

規制することが容認されそうな順に見て行きましょう。まず、「ふつうの」児童ポルノ。要は児童が出ているAVみたいなやつを考えればよいのでしょう。実際に見たことが全くないので知らないですけれど。これが禁止されることに文句のある善良な市民は、いないのではないかと思います。

我が子への授乳写真

一時話題になり、テレビ等でも驚きをもって取り上げられた事例があります。アメリカで、我が子に授乳している写真を家族写真として撮ったところ、虐待とみなされてしまったという事例です。

最近では、水浴中の孫の写真で逮捕されたイギリスのおじいさんの話もありましたね。これらは日本の法律では、児童ポルノ禁止法第2条3項2号「他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」、いわゆる2号ポルノに該当するとされてしまった事例です。

これに関して、知るべきポイントは二つ。一つは、今回の改正案ではこの点は争点ではないということ。なぜなら、このような事例で逮捕されてしまう可能性は、現行の法律で既に十分あるからです。二点目は、この問題は、虐待の有無を「性欲を興奮させ又は刺激する」か否かという、写真を見たものの主観的が強く入らざるを得ない判断を通して決めることができるのか、という問題である、ということです。非常に問題的ではあるのですが、「表現の自由」云々という観点からすると少し外れた問題でもあります。反面、国家権力・警察権力の強さを問題にする場合には、十分争点になるでしょう。

現在では児童ポルノとみなされることが少ない写真集など

ジャニーズとか、いわゆるジュニアアイドルとかですね。

これらは児童ポルノ禁止法2条3項3号「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」に抵触する危険があります。ただし、これも製造・販売に関しては、現行法でも十分規制されうるという点には注意が必要です。(「単純所持」は今回の改正の争点です。)

私は、ジャニーズやその他の未成年アイドルに関する商品が虐待に当たるのかどうかというのは、かなり危うい問題であると思います。少なくとも、彼らが不本意な人生を歩んでいないか、きちんと検証する必要は、どこかのタイミングで出てくるかもしれません。(モー娘。があんまり幸せになってない感じがするとか、そういうことを漠然と考えています。)

ジュニアアイドルについては、状況は更に深刻です。たとえば、こんなまとめがあります。

絶対あるだろうなと思って「ジュニアアイドル AV」で検索したらすぐヒットしたのですが、これが当然のように存在している事実は、かなり問題であるように思います。子どもの頃に、親に言われたりしてやっていたきわどい仕事がもとでポルノ業界で働かざるをえない状況になるというのは、虐待に限りなく近いのではないでしょうか。業界の内情とかは知らないのでそういうことではないのかもしれないけれど。

かなり規制側に肩入れするようなことを書きましたが、3号ポルノについては、線引きが非常に難しいという問題があります。家族写真でも、同様の問題は出てくるでしょう。しかし、フィクションの場合と違って、「被害者がいない」とは言い切れない状況は直視して、その上で判断する必要があると思います。また、判断基準は「それが虐待であったか」であって、「写真が性欲を刺激するか」ではないだろう、という直感もあります。この違和感も、強調されてよさそうです。

また、虐待があったかどうかに問題を定めても、「虐待であったか」の判断が再び恣意的になりえます。しかしこの種の問題は、人を罰するか罰さないかの線引きをするときに、常に付随してくる問題でもあります。この特殊事例という側面が児童ポルノの問題にも有る、ということも念頭におかれてよいかもしれません。

上記にかかる「ポルノ」の単純所持の問題

これまでは、製造と提供に関して話してきました。これとは別に、上でポルノと判断された写真を持っているだけで犯罪とするのか否か、という問題があります。これは、今回の改正案の争点になっている点の一つです。

この規定の問題がもっとも顕在化する場面の一つは、図書館の本をどうするか、と考えた時でしょう。すでに2005年には、国会図書館法務省から、裁判の結果等を待たずに、図書館自身で児童ポルノかどうか判断して閲覧制限をかけよ、と指示したと報じられています(元記事は消えていますが)。

さらに単純所持が禁止になると、図書館は自分でポルノと判断した書物は捨てなければならない、ということになるでしょう。しかし、そんな判断は、本当に可能でしょうか。また、これは、図書館員による検閲にはあたらないのでしょうか。さらには、閲覧禁止の状態で保管することすら禁じられた場合、将来の歴史研究にとっての打撃にはならないでしょうか。たとえば2000年前の児童虐待の様子が写真に撮られていたというSF的な想定のもとで、その写真はおぞましい記録として永遠に捨てられてもよいのでしょうか。

フィクションの問題

フィクションの問題、特にマンガやアニメの問題が登場するのはこの位置です。規制されるべきものから最も遠い位置。虐待の事実はない。被害者も存在していない。禁止されるべき理由は、「犯罪を助長しそう」くらいしかなさそうです。(これは規制の理由にはなりえないと私は考えています。以前書いた記事もお暇ならご参照ください。)

この領域への規制は、それ以前の段階と比べて、著しく趣が異なっています。これまでは、現実児童が写っている写真は存在し、そこに写っているものが虐待であるのか否かが問題でした。たとえば授乳の写真が逮捕の対象か否かは、それが虐待か否かという問題と直接結びついていました。しかし、フィクションは明らかに虐待ではありません。そこには「誰もいない」のだから。私には、この法律の枠内でこれを規制することは全く理にかなっているとは思えません。

フィクションの単純所持

「昔買ったドラえもんで逮捕される」といった可能性は、ここに当てはまります。それ自体問題だった単純所持への規制と、全く理にかなっていないフィクションへの禁止の合わせ技。かなり特殊で極端な事例と言ってしまってよいでしょう。

ただし、この例を反対理由の筆頭に持ってくることは、あまり得策ではないのではないかと思っています。これが規制されるとしたらもちろん問題でしょう。しかし、この事例が逮捕に当たりかねないということを説明するのはかなり複雑な議論を必要とします。フィクション規制に反対するという目的であれば、「児童ポルノ規制は被害児童救済が目的、しかしフィクションには被害者がいない」という一点に絞って議論する方が、争点がはっきりするように思えます。

まとめ

ある程度項目に区切りながら、それぞれ争点がどのように異なるか、また、今回の改正案との関係について、説明してみました。かなり雑で抜けも多いものになってはしまいましたが、少なくとも、「アメリカで授乳写真で逮捕された」という事例と、「ドラえもんで逮捕されるかも」という事例を、単に規制反対の根拠になりうるというだけで並列させて扱うのは雑すぎるし、かえって反対派の争点を見えなくしてしまう、ということくらいは示せたのではないかと思います。

みなさんはどんな理由から、どこまでが規制されるべきで、どこからは規制されるべきでないと思いますか? また、どこまでを規制すれば、児童の権利を守りつつ、表現の自由・検閲の禁止を最大限守ることができると思いますか?