ゲームにおける「努力は報われる」の特異性についての補足
前回の記事に対して、id:Sigmaさんに論点の補足に役立ちそうなブコメを頂いたので反応。
Sigma 「じゃんけんのようなゲームに単純なプロセスは存在している」 というのを示すのに、今回の論は必要なのだろうか? 弾が的に当たるか完全にランダムなSTGでもない限り、「努力は報われる」は普遍的なプロセスでは? 2013/01/24
前半、「今回の論は必要なのだろうか?」に関しては、おっしゃるとおり、必要なかったかもしれません。ちょっと読み物としておもしろいかな、と思っただけで、もっと簡単に論じられたような気もします。
後半、「「努力は報われる」は普遍的なプロセスでは?」に関しては、もう少し説明してみたいと思います。たとえば私は東方がクリアできません。逆上がりができません。マリオ3もクリアできませんでした。たしかに、これらのゲームでも、基本的に、「努力して、報われる」ことが楽しさを生み出してはいます。しかし、私のように鈍くさい人間には、練習しても結局クリアできず、努力が報われないケースがありえます。そのくらいできるだろ、という方は、ほとんどの人にクリア困難なゲームの例として、SASUKEを努力でクリアできるのか? というようなことを考えればわかるのではないでしょうか。
これに対して、ドラクエのような単純なRPGの、ことにレベル上げというプロセスに関しては、時間さえかければ、努力が報われないということはありえません。ひのきの棒でスライムを殴り続けていれば、絶対にレベル30まで上げることができるのです。もちろんドラクエはこのプロセスだけで成り立っているわけではなく、努力だけで可能とは言えない竜王討伐という目標が組み合わされてはいます。でも、「絶対に失敗しない」プロセスがゲームの楽しさの中心的な位置を占めている、というのは、シューティングゲームのようなゲームとは異なる、特異な特徴だと言えるとおもいます。
まだまだわかりやすく書けてないかなとも思いますが、「努力が報われない」具体例を挙げることで少しはわかりやすくなったことを祈りつつ。