長椅子と本棚2

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学会での「発表させていただきます」は誤用、ではない

 学会で、発表者が発表のはじめに「発表させていただきます」と言うのが我慢ならない、という論について。こういう論調は何度か耳にしたことがあるのですが、私はこの表現は問題ないのではないかと思います。

 今回書こうと思った直接のきっかけは、こちらのツイートのRTを見たことです。

 誤解を防ぐために先に書いておきますが、「させていただきます」という表現を、「致します」と全く同じように使うのが誤用である、ということは知っています。ここで言いたいのは、それを知った上で、それでもなお学会発表は問題の無いケースなのではないか、ということです。

 とりあえずGoogle先生に聞いたところ、教えてgoo経由で「敬語の指針」というのをサジェストされました(PDF)。これは平成19年に文化庁文化審議会が出した文書のようです。その中に、「させていただく」にかかる項があったので、引用します(40‐41ページ)。なお、丸数字をふつうのアラビア数字に変えてあります。

6 「させていただく」の使い方の問題

(中略)

【解説1】「(お・ご)……(さ)せていただく」といった敬語の形式は,基本的には,自分側が行うことを,ア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,イ)そのことで恩恵を受けるという事実や気持ちのある場合に使われる。したがって,ア) ,イ)の条件をどの程度満たすかによって 「発表させていただく」など 「…(さ)せていただく」を用いた表現には,適切な場合と,余り適切だとは言えない場合とがある。
【解説2】次の1〜5の例では,適切だと感じられる程度(許容度)が異なる。
1相手が所有している本をコピーするため,許可を求めるときの表現
 「コピーを取らせていただけますか 。」
2研究発表会などにおける冒頭の表現
 「それでは,発表させていただきます 。」
3店の休業を張り紙などで告知するときの表現
 「本日,休業させていただきます 。」
4結婚式における祝辞の表現
 「私は,新郎と3年間同じクラスで勉強させていただいた者です。 」
5自己紹介の表現
 「私は,○○高校を卒業させていただきました 。」
上記の例1の場合は,ア) ,イ)の条件を満たしていると考えられるため,基本的な用法に合致していると判断できる。 2の例も同様だが ア)の条件がない場合にはやや冗長な言い方になるため,「発表いたします。 」の方が簡潔に感じられるようである。(以下省略。3〜5は下に行くほど、この言い方が適切であるようなケースが少なくなる、というふうなことが書かれています。)

 この解説の中に、まさに問題の「発表させていただきます」という例が登場しています。そして、この例の扱いは、違和感がない方から数えて、5つのうち2番目、となっています。

 もちろん、重要なのは理由です。ここでは、「させていただく」を使うのにふさわしい場面の条件として、以下の二つが指摘されています。

ア)相手側又は第三者の許可を受けて行い,イ)そのことで恩恵を
受けるという事実や気持ちのある場合に使われる。

 学会発表での「発表させていただきます」について考えてみましょう。この場合、発表はおそらく学会組織からの許可を受けて行うのでア)を満たしています。また、発表者は助言を受けられたり業績になったりして、発表することによって恩恵を受けるのでイ)も満たしています。したがって、問題はないように思います。ただ、研究室内部での発表なんかだと、許可を受けているわけではないので、ア)を満たしているか微妙になってくるかもしれません。

 これは本題とは関係ありませんが、そもそも、研究内容によらずに、敬語の使い方ひとつで「失格」と見なすことこそ、研究者にあるまじき態度なのではないかという気もします。まあ、あまり喧嘩しても仕方がないですけれども。

 というわけで、学会における「発表させていただきます」には何も問題がない、というのが私の結論です。とはいえ、こんな些細なことで誰かの気分を害するのは嫌なので、基本的には使わない方がよい表現と言わざるを得ませんが。