「つるぺた」の誤用はどこから一般化したか
誤用の象徴としての『琴浦さん』と千早
まずはこちらをご覧頂きたい。
あとこれも。
さて、改めて指摘するまでもないことだが、「つるぺた」の原義を厳密に取れば、琴浦春香も如月千早も「つるぺた」ではない。Wikipediaもニコニコ大百科もこれを支持しているが、もっとも簡潔なのは、ピクシブ百科事典の以下の記述だろう。
つるぺたとは、つるつるな未だ生えてないパイパンな局部(剃毛は含まれない)と、ぺたぺたで引っかかりが無いおっぱいの事である。
ロリキャラを指す事が多く、貧乳だけて捉われ誤解されることも多いが無毛とセットが正解。 語源はアリスソフトファンクラブ会報内で提唱された「プロジェクトつるつるぺったん(PTTP)」が元。 (つるぺた (つるぺた)とは【ピクシブ百科事典】)
また、Wikipediaには「思春期前の幼女の体型」と明記されている(つるぺた - Wikipedia[2012/09/04版])。この基準から行くと、千早や琴浦さんは「つるぺた」にはあてはまらないのではないかと思われる。特に千早に関しては、「やよいは成長の余地があるが千早には成長の余地がない」という言われ方をしたりする。これは千早がすでに思春期に入っている、ということを指しているだろう。というか、女子高生を思春期前と呼ぶのはどうしても無理があると思う。このような状況にあって、だいたい半数くらいの人は本来の意味と違うことをわかった上で用い、残りのひとは「つるぺた」=「貧乳」と考えているのではないだろうか。
若年層への誤用の広がり
次の記事は、この誤用が、男性オタク層だけでなく、若年層にかなり浸透していることを示唆している*1。(なお、質問者の他の質問を見ると、この質問者は2010年当時中学3年生のようである。)
つるぺた?ってなんですか?
togisumaruさんつるぺた?ってなんですか?
友達から「○○(私)ってつるぺただね」と言われました。
「それなに?」と聞くと、「知恵袋で聞いてごらん」と言われたので質問しました。
友達もそうらしいので、悪口とかではないですよね?
私はからかわれているのですか?(つるぺた?ってなんですか? - Yahoo!知恵袋)
ゼロ年代前半の誤用の状況
ところで、いつからこの「誤用」は生じてきたのだろうか。webで調べても、誤用ということ自体はしばしば指摘されているにもかかわらず、この点は意外と曖昧である。たとえば、少し調べてみると、2001年の以下のような記述にぶつかる。
「Dr.リンにきいてみて」……脚本の中瀬理香さんがつるぺたという言葉の意味をわかっているのか疑問だ。単に胸が小さいことをマイナス評価でつるぺたと表現するのは明らかに誤用。つるぺたというのはまったく胸が膨らんでいない年齢層の少女(幼女)に対してのみ使われるもので、そのような嗜好を持つ集団がプラス評価でそう呼称しているのである(興味の対象範囲も指す)。さらに、胸だけを指して使われるとは限らず、つるの部分は下の部位を指して使われていることも多い(それが原義だと思われる)。つまり、下品なジャーゴンであって、リンリンのようなキャラに言わせるような言葉ではないのだ。しかも、その表現がピタリ当てはまる本人が口にしているのだから、冗談としたらタチが悪すぎる。おそらく、ネットで広く使われているのを見て、なんとなく理解したつもりになっているのだろう。素人が特殊な用語に手を出すとロクなことにならない。こんなことで誤用が一般層に広まらねばよいのだが。と、こんなところで言っていてもしかたないけどね。(「第八の鬼」の十月)
この引用から言えそうなことは二つ。一つは、2001年時点ですでに誤用が存在していた、ということ。もう一つは、このころは「誤用が一般層に広まらねばよい」と懸念される程度には、誤用が少なかったということである。
07年ニコニコ動画における『もじぴったん』と「つるぺた」
ではいつから誤用が一般化したのか。これに関して最もまとまった説明を提供しているのは、『同人用語の基礎知識』である。
2007年から翌年にかけて、ロリや幼女とはまた直接は関係なしに、「つるぺた」「つるぺったん」 という 「キーワード」 が、キーワードそのものとして大注目されることになりました。
「つるぺた」「つるぺったん」 という言葉自体は昔からありますが、たまたまタイトル名の語感が似ていたパズルゲーム 「ことばのパズルもじぴったん」 の主題歌、「ふたりのもじぴったん」 (初出/ 2001年12月/ 作詞/ 後藤裕之/ 作曲/ 神前暁/ 歌/ 古原奈々/ ナムコ) が、同じナムコ (ハンダイナムコ) の ゲーム、「アイドルマスター」 のPV用楽曲としてブレイクし、その後 「歌ってみた」 系動画では 「幼女幼女つるぺた幼女」 などといったフレーズと共に替え歌としても一気に大人気に。
そもそも 「もじぴったん」 のゲームそのものも初登場の 2001年段階で大ヒットしてますし、楽曲自体も 「YouTube」 や 「ニコ動」 などの動画サイトが登場する以前から、フラッシュ動画などでも人気のあるゲームの名曲のひとつでした。
それが、アイマス動画の共有の形で再燃し、またニコニコ動画で人気の楽曲をあわせたメドレー、組曲『ニコニコ動画』 にも使われ、これを受けてさらに高度な替え歌アレンジ楽曲となった東方萃奏楽 版リミックス楽曲 「つるぺったん」(新・豪血寺一族 -煩悩開放- レッツゴー!陰陽師などのリミックス) が登場。 それまではオタク用語、狭いゲームの ファン が使っている用語としての 「つるぺた」「つるぺったん」 が、一般にも広く知られるようになりました。
また前後して 「貧乳は ステータス だ」 をキャッチフレーズに持つ主人公が登場するアニメ、「らき☆すた」 のヒットがあり、その作品中にも 「もじぴったん」 が ネタ として出てきますし、さらに人気を受けて発売されたキャラクターソングCDに 「らき☆すた キャラクターソング 10 胸ぺったんガールズ 〜みんなで5じぴったん〜」(右写真) も登場。 ある種、貧乳の黄金時代が訪れた観がありますね… (^-^;)。(つるぺた/ つるぺったん/ 同人用語の基礎知識)
ここでは、基本的にニコニコ動画、とくにβからγの時代に、「つるぺた」の爆発的な広がりの起源が求められている。ただし、この記述には根拠が不足している。以下、簡単に検証してみよう。
まず気づくことは、ニコニコ動画での「もじぴったん」の爆発的な流行を語るにあたって、重要な動画がひとつ欠落していることである。これだ。投稿日は07/02/10。
オンナスキーPの「アイドルマスター やよい もじぴったん」が登場するのは、この一週間後、2月19日のことである。
さらに一ヶ月後の3月16日には、以下の動画がアップされる。
この動画は再生数は3万にとどまるものの、「もじぴったん」と「ぺったん」をかけたシャレが、すでに一般化していたことを示唆している。これは、今回の検証にとっては重要であろう。
また、現在の「つるぺた」の代名詞、千早のもじぴったんが登場するのは、4月の終わりのことである。千早かわいい。
ここまで、ニコニコ動画における『もじぴったん』動画を追ってきた。この流れを受ける形で、これを原曲の一つとする東方アレンジ曲『つるぺったん』がいよいよ登場する。上の千早の動画の1週間前にあたる、07年4月22日のことである。(CD『東方萃奏楽』の頒布も同日。)
ここから、これをBGMにしたMADが大量に生まれることとなる。特に、5月の後半には以下の動画が前後してupされている。
視聴不可だが、ありすえPの以下の動画もこの時期だ。
[MAD]アイドルマスター×東方 つるぺったん(亜美・やよい) ‐ ニコニコ動画
これらを眺めて気づくのは、この時期には「つるぺったん」の語は、貧乳ではなく、「幼女」や「ロリコン」と結び付けられている、ということである。「特盛」では必ずしも幼女ではないキャラクターも登場するが、タイトルから、典型はあくまでも幼女だと考えられていたと言えるだろう。ありすえPが千早ではなく亜美とやよいをキャスティングしていることも、これを象徴しているように思える。(初期のニコマスにおいてはこの二人がなんといっても人気キャラであった、という事情も関係するかもしれないが。)
この風向きが変わるのは、『らき☆すた』を用いた以下の動画あたりからではないだろうか。投稿日は6月7日。
らき☆すたのキャラはかなりデフォルメされてはいるが、彼女らの年齢は設定上17才前後。「幼女」と呼ぶには少し年齢が高すぎる。少なくとも、「つるぺた」の原義である「二次性徴前」ということはないのではないかと思われる。
ちなみに、『組曲『ニコニコ動画』』が登場するのは、6月の終わりのことだ。
以上の時系列を念頭におくと、「アイマス動画の共有の形で再燃し、またニコニコ動画で人気の楽曲をあわせたメドレー、組曲『ニコニコ動画』 にも使われ、これを受けてさらに高度な替え歌アレンジ楽曲となった東方萃奏楽 版リミックス楽曲 「つるぺったん」(新・豪血寺一族 -煩悩開放- レッツゴー!陰陽師などのリミックス) が登場。」としていた「同人用語の基礎知識」の記述には、致命的な誤りがあることがわかるだろう。『つるぺったん』の方が、『組曲』より先である。(考えてみれば、組曲の中に『つるぺったん』が含まれているのだから、ここの時系列が逆であることは当然ではあるのだが。)
まとめ
というわけで、基本的にはハルヒ→アイマス→東方(ここから「つるぺったん」)→らき☆すた→組曲、という流れを描けるように思う。この流れの中で、2007年5月までの用法が概ね「幼女」「ロリコン」に結びつくものであったことは、6月に転機があったことを強く示唆する。とくに『組曲』の登場を境に、「つるぺた」という語が一気に広まり、それにともなって誤用も散見されるようになった、と考えることは、それほど無理のない推測であるように思う。
時は流れて2013年。もはや世の中の「つるぺた」の用法を正すことは難しく、貧乳の女子高生のための歌のタイトルになるまでに、誤用は広まっている。まあ、なんでも、いいですけれど。
なお、この記事が生まれたのは。Twitter(鍵アカです)にて、いろいろな人に調子に乗せられたことによる。きっかけをくれた皆様に、全力の9393を贈りたい。あと、こういうことはもっと詳しい人がいっぱいいると思うので、ガンガン批判・訂正していくとよいと思います。
*1:そもそも2010年代の若年層をオタクとそれ以外に区分すること自体がナンセンスかもしれないが。