長椅子と本棚2

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サイゾーウーマン「金原ひとみが「消えかけている」!?」は妄想

大好きな金原ひとみホッテントリしていたので思わず筆を執る。元記事はあまりにもクソなんで、ブクマの方先に貼っときますね。

元記事はこちら。

記事の中に「出版業界関係者」が登場し、以下のように語っています。

「2011年に、自身の育児経験をもとにつづった長編『マザーズ』(新潮社)以来、新作は出ておらず、エッセイなどの連載もない状態です。『マザーズ』は、昨年末に文庫化されましたが、重版は一度もかかっていないと聞きました。初版は2万部ほどといわれていますが、人気作家・有川浩などは初版20万部刷ることを考えると、読者もどんどん離れているようですね」(出版業界関係者)

ブコメにもちょっと書きましたが、この記事に登場する「出版業界関係者」、たぶん存在しません。なぜなら、金原ひとみの最新作は2011年の『マザーズ』ではなく、2012年の『マリアージュ・マリアージュ』だからです。

マリアージュ・マリアージュ

マリアージュ・マリアージュ

さすがに関係者でこの間違いはヤバい。関係者なんて存在せずすべてライターの妄想なんじゃないでしょうか。あるいは存在したとしても文芸に関わりない人でしょう。

ちなみに、なぜこんな間違いが生じたか、その答えはWikipediaにあります。

作品一覧のところを見てみましょう。

単行本
* 蛇にピアス  2004年1月、集英社、のち文庫、ISBN 9784087460483
* 初出:『すばる』2003年11月号。


* アッシュベイビー 2004年4月、集英社、のち文庫、ISBN 9784087461572
* 初出:『すばる』2004年3月号


* AMEBIC アミービック 2005年7月、集英社、のち文庫、ISBN 978-4-08-746252-4
* 初出:『すばる』2005年7月号


* オートフィクション(2006年7月、集英社、のち文庫、ISBN 9784087753646)

* 書き下ろし長編


* ハイドラ(2007年4月、新潮社、のち文庫、ISBN 9784103045311)

* 初出:『新潮』2007年1月号


* 星へ落ちる(2007年12月、集英社、ISBN 9784087748970)

* 星へ落ちる(『すばる』2007年2月号)
* (僕のスープ、サンドストーム、虫)
* 左の夢(『すばる』2007年11月号)


* 憂鬱たち(2009年9月、文藝春秋、ISBN 9784163285207)

* デリラ(『群像』2006年10月号)
* ミンク(『文學界』2007年1月号)
* デンマ(『文學界』2008年1月号)
* マンボ(SWEET BLACK STORY)
* ピアス(『文學界』2009年1月号)
* ゼイリ(『野性時代』2009年5月号)
* ジビカ(『文學界』2009年7月号)


* TRIP TRAP トリップ・トラップ (2009年 角川書店)


* マザーズ (2011年 新潮社)


漫画化作品


* 蛇にピアス(2004年12月、集英社、ISBN 978-4088652580) - 渡辺ペコによる漫画化


映画化作品


* 蛇にピアス - 監督:蜷川幸雄、主演:吉高由里子。2008年9月20日公開。

一見して分かる通り、これを見ると2011年の『マザーズ』以来、新作は発表されていないように見えてしまいます。ライターさんか、あるいは「関係者」の人は、きっとこれを見て2011年以来作品は出ていないと勘違いしたのでしょう。ネットの情報を信じるなんて愚かですね*1

しかしこんなひどい記事でもゴシップ誌でネタにされて、ブクマもこんなに伸びるということは、金原ひとみまだまだイケる感じですね。軽く憤慨すると同時に、それ以上に嬉しくなったのでした。

ところで、以下は蛇足というかただの布教活動なのですが、読書好きだけど『蛇にピアス』はあんまりおもしろくなかった、という方、ぜひ『ハイドラ』か『TRIP TRAP』を手にとって見ることをオススメします。『ハイドラ』は「分裂する自己」という初期の金原ひとみのテーマが結晶した到達点を示す作品、『TRIP TRAP』はそれまでの思春期を題材にした小説に接続しながらもそこからの脱皮を果たした作品で、いずれも重要かつ読み応えのある作品です。たしかに金原ひとみは万人受けするタイプの作家ではないのですが、少なくとも『蛇にピアス』だけを読んで彼女のイメージを決めてしまうのはもったいない。金原ひとみが好きか嫌いか決めるのは、この2冊を読んでみてからでも遅くありません。『蛇にピアス』とは全く違う軽快な文体にきっと驚かれると思いますよ*2

ハイドラ (新潮文庫)

ハイドラ (新潮文庫)

TRIP TRAP  トリップ・トラップ

TRIP TRAP トリップ・トラップ

*1:もちろんこの記事も「ネットの情報」であるというジョークです。

*2:軽快な文体を純粋に楽しむと言う意味では『憂鬱たち』もオススメ。この短篇集はエログロメンヘラビッチ的な他の小説群と一線を隠す、彼女独特のコミカルな文体を突き詰めた作品です。